あの時代では、最新・最良でした。
でも時代の流れの中で、それは陳腐化していく。「社会的劣化」。
パソコンなどは顕著で2年前のPCは化石?!になります。
今の技術の進歩速度のなかでは。
私が高校生2年のころポケベル持ってる友達は最先端でした。
しかも数字(電話番号)しか出ないものでした。
大学1年のころ、携帯電話持ってる友達は最新でした。
通話料金が1分何百円とかいっていたように思います。
建築業界でも進歩しています。
筋違(すじかい:斜めのつっかえ棒)の数はベテラン大工さん任せ、が今となっては
木造で制震・免震構造にいたるまでとなりました。(とはいえ昔の社寺建築様式などは、
制震・免震構造に匹敵するような柔軟性のある複雑な組み物による架構で今の時代にもたくさんの
すばらしい建築物が残っています。今のコンピューター技術をもってしても
その構造解析には多大の時間を要すものが多い。)
耐震偽造があった後、建築確認も格段に厳しくなりました。
しかしその当時の決まりに則していれば
新しい基準に適合していなくても、改修しなさい!今すぐに!!とは
なりません。
建築物には「既存不適格建築物」(:工事途中や竣工後に建築基準法やこれに基づく命令、
条例に改正があった場合に、該当する建築物が適合していなくても違反にはならず、
原則としてそのままの状態で存在が認められ、工事完了時に行われる建築完了検査も、
確認申請時点での法律に基づいて行われる。
そして検査に合格すれば該当する建築主事印の押印された検査済証が発行され、
不動産登記や建築物を使用する事ができる。)というものがある。
関東大震災があって「予想外です!」
関西地震があって「予想外です!」
関西の地震のときTVに写る光景は映画の中のワンシーンとしか思えませんでした。
バスが高速道路の落ちかけた先で間一髪!ショッキングでした。
最近、西湘バイパス、台風の高波で崩れました!
「予想外です!!」
最近やっと直りました。崩れた箇所は。
そのほかの箇所は知りません。補強したのでしょうか?
関西の高架道路はすべて作り直しあるいは補強したのでしょうか?
してますよね。おそらく。危険がわかったのだから。そうであってほしい。
事があって初めて、だめだったことに気がつく。
「想定の範囲内です。」などと言えた人はあの人が最後かもしれません。
最終的にはつかまってしまいましたけど・・。「予想外です!」に取って代わりました。
基準は修正されていく。
物事にはすべて善し悪しの判断基準がありそれはその時、その時点での判断に
ならざるを得ない。
建築の世界においても例外なく、
進化・発展は、今のままではだめだと気づくことから始まる。
だめなのがわかったのになぜ直さない?!
「既存不適格建築物」とは何?!
関西地震時に不幸にも家を失った人、あるいは家がつぶれてご家族を失った人の無念は?
建築物の耐震性は、自然の力に抵抗することを予測値(過去のデータ・実験等ふまえた上で)
で計算して算出している。「実際、わからないことだが今のところ、このあたりでよい。」
と日本のトップクラスの見識者が研究・計算をして決められたそのときにおいては最高の考え方になる。
たとえ後の時代に、その結果が人命を奪うことになる重大な事態になったとしても。
「社会的劣化」ということがこのような法規範に当てはまるかどうかはわからないが、
その時代の英知を集約した結果に対しては、ある意味進化の過程においては、
仕方のないこと、として結論付けることしかできない。
「今が最良ではない。先の時代に何があるのか?」
物事の大小はあるのだけれども、「想定の範囲内です。」と自信を持って言えるような自然の力を克服できるぐらいの
力を持つ人間が現れる時代は、すぐそこなのかそれとも永久に来ないのか?
癌もエイズも治ります。アメリカまで30分で行けます。
月にマイホームを建てましょう。土地代金=坪5000円、建築費=坪5000万円、地球に里帰り交通費2億円、
かもしれませんが・・。近々ありえる話になりましょうか。
そんな時代にいまだに風邪という病気は何なのかわからないそうで。
なかなか物事、想定できるものではありません。
「今が最良ではない。先の時代に何があるのか?」
考えてもわからないかもしれないが、留まってしまっては化石になりかねない。
「余計な心配?!夢のような戯言?!」
「人が想像できる(夢見る)ことはすべて人が実現する。」とCMのくだりで見たことがありますが、
人間の力で作り出せるものはもちろん自然の力の成す所業までも想像、想定して、
「備えあれば・・・」を考えなければいけないとなるのであろうか。
自然の力を人間が凌駕し、「予想外!」→「想定の範囲!」になり、
「巨大な隕石が地球にぶつかるので、対応としては大気圏外で特大核爆弾ぶっけて処理しますんで、
まったく問題ありません。」と夕方のニュースか何かでさらっとやるような、しかも、
森田さんのお天気コーナーのなかで。
見てみたいですね。今は夢のようなその場面を。
死んだときに自身を冷凍保存する人の気持ちがよくわかります。
そのときのお天気コーナーは森田さんじゃないでしょうし、
しかも天気も変えられるようになっているでしょうし、
そうなれば天気という概念そのものがないかもしれません。
現に雨を降らせる実験をして成果を得ているとだいぶ前に聞いた事があります。
何かの粉を空に撒いてそれが水蒸気と合体して雨となる、とかだったと思います。
あとは雨を晴天にする技術だけですから。
「想定の範囲内です!」→「予想外です!」は人間が日々進化を遂げている証です。
だめだから良くしよう、もっといいものがあるはずだ、と。
人から作り出されたものは作られた瞬間にそこの時代に留まりますが、
人間はさらにさらに進もうとする。常に「予想外です!」というものが進化にとって自然・不可欠。
いまに予想外が想定の範囲になることでしょう。
某携帯電話の会社のCMを見て上記の考えからこの会社のすごさを思う傍ら、
「もうちょっと電波良くならないのかね?ソフト○ンク。途中で切れるし、まえぶれもなく。
それどころか、かけようと思って通話押して耳を当てていると、何事もなかったように初期画面!」
「また、切れてるよー!!!」と憤慨する当社で全員同じソフ○バンクの同機種で同じ憤りをおぼえる面々。
前を見すぎて今(の問題)が見えないのも困りますが・・・。
望遠鏡を覗きながら石橋をたたくのは相当困難なことということなのだろうか。
「きれてなぁ~い。」という髭剃りのCMも今は見かけないですし、
「きれてないっすよ。」と長州力の物まね芸人もあまり見かけなくなったが、
「きれてますよ。」携帯電話に対しては!仕事で使っていますし。
通じて当たり前、途切れなくて当たり前、安くて当たり前。
当たり前になったのはいつのころか?当たり前と思うようになったのは?
ちょっと前まではポケベルですけど・・・。
ポケベルも最新でしたよね。当時は。すごく便利だった。
考えて見ましょうよ。昔は仲のいい友達の家の電話番号は覚えていましたよね。
親戚の家もしかり、取引先もしかり。
今、脳味噌は電話番号を記憶することをやめてしまった。記憶する必要がなくなった。
携帯、落っことしたらパニックですね。
(バックアップ取るのが当たり前の世の中ではありますが。取っていない方はすぐに取りましょう。
今、あなたの脳は電話番号を覚えることに関しては相当放棄していますので。
家族の携帯電話の番号、彼女の携帯番号など覚えてる方、少ないのでは。)
けっして携帯のアドレスを全消去して電話番号を覚えて脳を活性化しましょうなどと思っているのではありません。
ただ昔のことを少し考えることも必要ではないかと思うのです。
「あの時はあれが最新だったよなぁー」と。
あの時は良かった。でも今となっては時代遅れで「悪い」こととも言えなくはないような古臭さ。
たいていのものはそうであろう。
思うところ、ゆでたまご先生の「キン肉マン」という漫画のTV放映のCMの入りに
「牛丼一筋、300年♪、早いのうまいのやっすいのぉー♪」
この拍子に歌われた完璧さ。時代に逆らわず親しまれて300年とともに今となってなお、早い!うまい!と
言わしめる。商売としての理想の形がここに集約しているとも思えるこのフレーズ。
どういう意図があってこのフレーズが歌われているかは知るところではないが、
300年の間の試行錯誤があり、その結果、最新のニーズに合うものが絶え間なく作られ続けている、という事と
解釈することは出来ないだろうか。
「試行錯誤」≒試行(お試し:ここらでどうだろうか?と試してみる。)
≒錯誤(誤っているかもしれない。でもやってみなければわからない。)
ホリエモンの「想定の範囲内です。」
ソフトバン○の「予想ガイです!」
聞き手として「想」の内、外で言うところでは内は安心、外は不安に表向きなるところでしょうが、
「想」の「内」などと堂々といっていること自体が、時代に留まることの宣言になるような気がしてなりません。
今のところの常識では「内」です。と。
どちらが良いのか悪いのかわかりませんが、
今の超スピードのなかで「想定の範囲」などということ自体が
時代に合っていないと思うのですがいかがでしょうか?ホリエモンさん?
2008/07/28
(山本)
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